長男、小学校教員採用試験合格

 昨日、仕事中に妻からスマホで、長男の「教員採用試験」合格の知らせを受けました。
合格番号一覧もラインの写真で添付されてきました。
東京都の小学校です。
倍率は、3.5倍ほどで、長男の大学の友人は、同じ東京都を受けた10人の中で、3人が合格でした。
結構厳しいものでした。とにかく「ほっ」としました。妻が一番「ほっ」としていると思います。
 来年の4月から本採用になりますが、私が、定年退職になるので、丁度、入れ替わりになります。
改めて、年齢を重ねる中で、時代の流れを強く感じます。
 長女も市職員福祉課の2年目で頑張っており、あとは、次女が、現在高校2年生なので、
私自身は、退職後も再任用であと5年ほど頑張らなければなりません。
体のあちこちにガタがきていますが、無理せず働いていきます。
 夜は、浦和伊勢丹の千疋屋のケーキで合格祝いをささやかに行いました。
次女は、沖縄に修学旅行中で、4人でのお祝いでした。
 とにかく、うれしい1日でした。
千疋屋のケーキ 千疋屋のケーキ
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幼稚園運動会訪問、子ども相撲大会(団体戦)、誕生日、、、、

 3連休は、なかなか忙しかったです。
 7日(土)は、近隣の幼稚園4校の運動会訪問でしたが、雨天で明日に順延。
その代わり、本校で行われる「防災訓練」に出席しました。そのあと、3時間ほど仕事をしました。
 8日(日9は、4校の運動会訪問、そして、「子ども相撲大会(団体戦)」の応援でした。
女子は、私が応援に行く前に撒けてしまいみることができず残念でした。
男子は、べ巣t8まで残り、準々決勝で惜しくも2-3で負けてしまいました。あとちょっとで3位入賞でした。
しかし、子どもたちは一生懸命練習から取り組んでいたので、ご苦労様と言いました。
 その後、急いで車の中で昼食のパンを食べ、自分の所属している「テニスクラブの練習」です。
3時から5時までやりましたが、いつも通り、前衛の球出し、一本打ち、ゲームと充実した練習ができました。
 自宅に帰り、長男と2人だけだったので、近くの「小春日和」という温泉施設に行き、ゆっくり温泉に浸かり、
そこで、夕食を食べました。自宅に戻り、疲れて10時前にはぐっすり眠りました。
 9日(月)は、夜、義父と私の誕生日祝いを近くのレストランで行いました。
義父は88歳。私は60歳です。米寿と還暦です。おめでたいことなのですが、自分が60歳とは、とても思えません。
しかし、確かに体のあちこちが痛み、長い時間パソコンに向かうと目が疲れやすい、など年齢には勝てません。
無理せず、ゆっくり、ゆっくり歩いていきます。

幼稚園運動会訪問 幼稚園運動会訪問

子ども相撲大会(団体戦) 子ども相撲大会(団体戦)

子ども相撲大会(団体戦)2 子ども相撲大会(団体戦)2

義父(88歳)と私(60歳)のお祝い 義父(88歳)と私(60歳)のお祝い



野村萬斎とマグロ三昧

 先週、10月5日(木)に「野村萬斎の狂言」を妻と観に行きました。
場所は、「ティアラこうとう」というところで、上野駅で銀座線に乗り換え、三越前駅で降り、
さらに、半蔵門線で、住吉駅というところで降りました。自宅から1時間半ほどかかり、かなり遠かったです。
 演目は、「萩大名」と「六地蔵」で、初めての狂言観劇体験でしたが、
最初に、野村萬斎さんが、解説をしてくれたので、話の筋がある程度わかり、十分面白さが伝わってきました。
 それにしても、野村萬斎さんの声としゃべりは迫力があり、際立った演技でした。さすがです。
ティアラこうとう ティアラこうとう

ティアラこうとう(内観) ティアラこうとう(内観)

プログラム(萩大名、六地蔵) プログラム(萩大名、六地蔵)

 観劇後、住吉駅近くの「もとみや」というマグロ専門店に行きました。
強調文マグロ三昧(インドまぐろ、本マグロ、めばちマグロ)は、肉厚でとてもおいしかったです。
マグロの竜田揚げは、柔らかくて甘さもありこれもとてもおいしかったです。
その他の食べたものもどれもおいしかったです。なんといっても、リーズナブルなことがよかったです。
マグロ三昧は、1000円でした。ただ、2人で一舟だったのは残念でした。
 心もおなかも満足した夜でした。
もとみや もとみや

まぐろ三昧 まぐろ三昧

マグロ竜田揚げ マグロ竜田揚げ





「父の志」と「母の笑顔」(教え子Mさんより学ぶ)

 私の教え子Mさんは、中学時代、テニス部員として関東大会まで行った、いつも明るく元気でがんばり屋の女の子でした。そして、縁あって、福島県にある「梨農園」に嫁ぎ、毎年、見事な梨を送ってくれていました。しかし、2011年に東北大震災が起き、避難所での生活を、さらに、原発事故の放射能の関係で自宅や農園に戻れず、一家で新潟に近い知り合いの所での避難生活をしていました。そんな中、Mさんの旦那さんは、千葉県で一から「梨農園」をつくり、昨年、久しぶりにMさんから見事な梨が送られてきました。避難所、知り合いの所、千葉と移り住んでいく生活は、お子さんを3人抱え大変だったことと思います。しかし、Mさんは、常に明るく前向きで、逆に私がその元気をもらっていました。教え子に、「一生懸命に」「どこでも通用する人間に」と言い続けてきた私ですが、苦しい時ほど笑顔で前向きに頑張るMさんは、私よりはるかに素晴らしい人間になっています。まさに「後生畏るべし」です。

 そのMさんの旦那さんが、病気で亡くなられたという新聞記事を、8月中旬に偶然見つけました。旦那さんは、回復しないとわかってからも、黙々と梨の手入れをしていたそうです。そして、Mさんのブログには、「亡くなる前日、収穫作業の手順や用具の場所を、私と長男に伝え、初物の梨のしずくを一滴口に含んだのが最後の食事となりました(一部抜粋)」と綴られていました。故郷ではない地での「志」半ばでの死でした。
 私は、すぐにMさんに電話をし、励ましの声を掛けると、「先生に鍛えられましたから大丈夫です。家族だけで葬儀を行いました。高3の長男が後を継ぎたいと言っていますが、とりあえず休園です。9・10月は梨園を開いているので梨狩りに来てください」と明るく元気に答えてくれました。その気丈に振る舞う声に、思わず、目頭が熱くなり涙があふれてきました。家族で梨狩りに行くことを約束し、その後、Mさんのもとに、お悔やみの手紙を送りました。すると、先日、Mさんの旦那さんが丹精込めて作った大きな梨の詰まった段ボール箱が送られてきました。手紙には、「夫の梨、父(旦那さんのお父さん)と一緒にもぎっています。甘いかな、少し召し上がってください。お手紙嬉しかったです。」とありました。
 ダンボール箱を開けると、梨の甘い香りが漂い、真夏でありながら、涼しげで実りある秋の気配を感じました。紹介の紙には、「もう一度食べたくなる梨を作ろう」という題名、家族7人全員(生前の旦那さんも含め)が笑顔で梨を手に持つ記念写真、そして、「笑顔担当 〇〇 〇〇(Mさんの名前)」とありました。それを見て、旦那さんの「志」とMさんの「笑顔」を継いでいるお子さんの未来の姿が、はっきり見えたように感じました。
 
 そして、先日、私は、Mさんの「梨農園」に妻と行きました。ところが、Mさんから「先生、すいません。梨はすべて売り切れてしまいました。」と言われました。とても残念に思いましたが、それ以上に、Mさんの旦那さんの作った梨が全部売れたということを心から嬉しく思いました。なぜなら、Mさんの旦那さんの夢とMさんの笑顔が詰まった梨が、多くの人たちの手に渡っていたからです。
 私は、Mさんの旦那さんの「もう一度食べたくなる梨を作ろう」という夢を持つことの大切さと、Mさんのいつも笑顔でいることの素晴らしさを、改めて勉強させてもらいました。

梨 Mさんから送られてきた梨

宮下家訪問 旦那さんの遺影の前でMさと共に

「紫陽花(アジサイ)」と「鶏頭(ケイトウ)」

 勤務先の自分の部屋に置いていた「紫陽花(アジサイ)」「鶏頭(ケイトウ)」が、心を和ませてくれています。
「紫陽花」は、3か月以上前の6月中旬に購入し、紫色からピンク、そして、緑と色が変化をし、心と目の両方を癒してくれました。
「鶏頭」は、9月上旬に購入し、こちらも1か月以上美しい赤色を見せてくれています。
 毎日水やりをしているだけですが、ほんのちょっとした手間をかけるだけで、長く美しい花を見させてくれています。
美しい色と佇まいを、少しでも長く残せるよう、に、これからも水やりを毎日していきたいです。
そして、少しでも長く、私の心を癒してくれるよう願います。

「あじさい」と「鶏頭(ケイトウ)」 「あじさい」と「鶏頭(ケイトウ)」
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